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いずみ聡 公式サイト

~映画「ちはやふる」の舞台、府中と足利~

  • 執筆者の写真: 聡 和泉
    聡 和泉
  • 6月30日
  • 読了時間: 3分

 朝日新聞の社員寮があった縁で20代後半から、家族で住み始めた府中。人生の半分以上の34年間、府中に住まいをもち、最近生まれ故郷の栃木県足利市長をつとめた私が自分で取材執筆するこのシリーズの初回は、この話題しかないと、迷わず選んだのが映画「ちはやふる」だ。なぜなら、映画の舞台は府中市にあると設定されている瑞沢高校の百人一首カルタ部。そして映画の中で高校のロケ場所として使われたのが、足利市の西部にある旧県立足利西高校の校舎だからだ。私は市長当時、「映像のまち構想」という取り組みを展開していて、映画やドラマの撮影を積極的に誘致していた。たくさんの作品が足利を使って撮影してくれたが、そのうちのひとつが「ちはやふる」だった。制作していた2016年ころ、主役の広瀬すずさんたちが、旧足利西高校の校舎を使って、さまざまな場面を撮影していたとき、ロケ現場に何度も激励にお邪魔したのを昨日のことのように覚えている。

 そして、舞台として設定された、高校のカルタ部の所在地がなぜ府中だったのか。それは作品の中で重要な役回りを演じるカルタの師匠(映画では國村隼さんが演じている)のモデルが、府中市の分倍河原に実在する前田秀彦さんだったからだ。福井県出身で、耳鼻咽喉科医院も分倍河原に開業している前田さんに、お酒を酌み交わしながらお会いする機会に恵まれた。

 子供の頃、お正月などに親戚が集まると、必ずやっていたのが百人一首カルタだったという。年上の兄らに負けるのが嫌で、のめりこんでいった。少年時代の一時期には、自転車で移動中も、カセットテープで百人一首を流しながら、耳で聞いていた。

いまも「府中白妙会」を中心に子供たちにカルタを教えている前田さんは、子供たちに「人の3倍、いや10倍練習するんだよ」と励ますことがよくあるという。成長段階にある子供がある時期、何かに集中してのめりこむ。そしてひとつの壁を乗り越えた時に何かをつかむ、その達成感。それは大人になって、自分の人生を切り開くときに必ず役に立つ大事な経験だと、前田さんはカルタを通じてきっと伝えたいのではないか。そんなことを思いながらお話を聞いた。

 映画は、コミックの「ちはやふる」が原作だ。作者の末次由紀さんが前田さんのところに取材に来たのは2007年春のはじめごろ。もともと百人一首に、なじみがあった末次さんは、前田さんへの取材を通じて、競技カルタの魅力を知る。あるインタビューで末次さんは前田さんについて「マグマのような熱い情熱と理論、攻めがるたを体現しているような姿勢と、年齢を重ねても10代のように学ぶこと、強くなるために変化していくことを厭わない姿勢に胸を打たれた。ちはやふるの物語の熱は、私が前田先生を信じている熱でもあります」と語っている。競技カルタの人口を爆発的に増加させ、若者にその魅力を浸透させていった「ちはやふる」は前田さんがいなければ生まれなかった。そしてその舞台が府中であり、映画のロケの主舞台が足利だった。この不思議な縁を感じずにはいられません。

 (2026年6月)


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