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いずみ聡 公式サイト


~北風か、太陽か~
サッカー日本代表のワールドカップでの活躍は、日本全国を沸き立たせました。大会2カ月前、電撃的な監督交代劇があっただけに、試合前の予想は厳しいものばかりでしたが、初戦、格上のコロンビアに勝利したことで、国民の期待と興奮が一気に頂点に達した感がありました。 私が市長として注目したのは、監督というリーダーと、選手という組織の構成員がどういう相互関係で進んでいけば最も成果を残せるのか、という組織論的な問題でした。私に置き換えれば、市長と市職員の相互関係ということになります。 この点、6月10日付の朝日新聞は、清水寿之記者が出した『必要なのは北風か、太陽か』という見出しで興味深い分析を書いていました。解任されたハリルホジッチ前監督は北風スタイルで選手の自由な発言も許さず、高圧的だったが、選手には常に緊張感があった。西野監督は太陽スタイルで、選手の意見交換も活発になったが、その分、緊張感がなくなり緩慢なプレーも目につく。日本の選手に『太陽』を与えるには早すぎた、そうならないことを願う――要約するとそんな内容でした。 トップダウンの独裁的なリーダーはメデ
聡 和泉
7月4日読了時間: 2分


~生活保護という仕事~
『健康で文化的な最低限度の生活』というタイトルの連載漫画があるのをみなさんご存知ですか。私は雑誌『世界』の2月号で、この漫画の作者、柏木ハルコさんが対談しているのを偶然見つけ、早速コミック本を購入して読みました。 主人公は、ある区役所に採用されたばかりの新人女性職員。生活保護担当に配属され、ケースワーカーとして、日々、生活保護受給者と向き合いながら奮闘していく様子が、リアルに描かれています。何度も壁にぶつかりながらも、やさしい先輩や同僚たちに助けられ、少しずつ成長していく主人公。社会性にも富んだ素晴らしい作品でした。 私はすぐに、市役所社会福祉課の生活保護担当職員に呼びかけ、18人全員でこの本を読んで、意見交換会をやろうと提案しました。3月下旬、終業後に会議室で本を読んだ感想をみんなで述べ合い、夜遅くまで意見交換しました。「本を読んで、悩んでいるのは自分だけではないと励まされた」という女性職員もいれば、「改めて、適切な支援をしなければという使命感を強く持った」という男性職員や「市役所で一番団結力のあるチームが生活保護担当です」と言う若手職員も
聡 和泉
7月4日読了時間: 2分


~お葬式と弔問~
市長になってから、市の功労者などのお葬式に、市を代表して多くの機会に、お邪魔するようになりました。公務の時間のやり繰りがつけば、通夜か葬儀に参連させていただくのですが、それが難しいときは葬儀の前までに、ご自宅に弔問に伺うことにしています。 弔問に伺うと、お線香をあげさせてもらった後、「最期は病院だったのですか」とか、「ご家庭ではどんな方でしたか」といった質問をさせてもらうことが多く、ごく自然な形で、故人の人となりや、ご遺族との思い出話になっていきます。たった10分でもお話を聞くと、故人の人柄やご家族との長い歩みの一端がうかがい知れて、心に残るものがあります。 一方、通夜や葬儀にお邪魔すると、ご遺族も何かと忙しく、話しかける余裕は大抵ありません。弔辞や遺族代表のあいさつで、故人の人となりを知ることもあるけれど、短い時間でお焼香をして失礼することが多くなってしまいます。 通夜か葬儀に参列すれば、市長がお焼香に来たという事実は、多くの人に伝わるけれども、慌ただしく失礼して申し訳ないという一抹の思いが、いつも心の中に残ります。弔問と葬儀への参列と、
聡 和泉
7月4日読了時間: 2分


~人間臭いからこそ~
「人を相手にせず、天を相手にせよ。天を相手に己を尽くし、人を咎めず、我が誠の足らざるを尋ぬべし」。『南洲翁遺訓』にある西郷隆盛が残したこの言葉を聞くと、西郷はきっと、人に振り回されず、いつも泰然自若、謙虚さと誠意があふれる生き方をしていた、と想像する人が多いと思います。 しかし、家近良樹著の『西郷隆盛』(ミネルヴァ書房)を読んで、私はかなり印象を変えました。この本から浮かび上がるのは、いつも人に振り回され、それゆえ涙もろく、「情感豊かな人物で、人の好き嫌いも激しく(中略)敵を非常に憎むこともある人物だった。つまり完全無欠な神のような人物ではなかった」。上司の島津久光から厳しい扱いを受け、心身ともに衰弱したことも、こうした性格ゆえのことでした。 ということは、西郷がこの言葉を残したのは、自分自身がまるで逆の性格、つまりいつも人を相手にしてしまい、天を相手にできず、つい人を咎めて、時に誠実さを欠いてしまう、きっとそんな自分への「戒め」と「言い聞かせ」だったのではないか。 そう考えると思い当たる事があります。孔子が残した「人の己を知らざるを患えず
聡 和泉
7月4日読了時間: 2分


~ハドソン川の奇跡~
映画『ハドソン川の奇跡』をみました。2009年1月15日、乗客155人を乗せた旅客機がニューヨークの空港を飛び立った直後、鳥の群れと衝突し、両方のエンジンが壊れた。機長と副操縦士の的確な判断で、ハドソン川への緊急着水を選び、全員が無事救出された事実に基づく素晴らしい映画でした。 印象に残った場面が二つありました。ひとつは、英雄視されていた機長が「奇跡が起きたのは、私ひとりの力ではない。乗員や救助に来てくれたフェリーの乗組員など、チームの力だ」と言った場面。もうひとつは、「乗客155人だったが、その一人ひとりの向こう側には家族がいて、友人がいる、すごい数字だよ」と語った場面でした。 私は、オバマ米大統領が広島に行くことが決まった直後、ローマ在住の作家、塩野七生さんが朝日新聞紙上で「(オバマ氏に謝罪を求めないと)決めたのは安倍晋三首相でしょうが(略)誰かが進言したのだと思います。その誰かに、次に帰国した時に会ってみたい」と語ったことを思い出しました。 私が若い頃、記者を目指した心境はこうでした。「例えば2つの国が大きな合意をして指導者がにこやか
聡 和泉
7月4日読了時間: 2分


~プロフェッショナルになる~
英国が国民投票でEU離脱を決め、衝撃が世界に走りました。様々な報道や分析の中で、私が注目したのは、「国の行く末を決める大切な決定を、時に過激な結果を導きがちな国民投票という手段にゆだねてよかったのか。むしろ、時の政府が責任をもって判断すべき事柄ではなかったのか」という論評でした。 論評を読んで脳裏に浮かんだのは、医療現場で定着したインフォームドコンセント(説明と同意)でした。医者はあらかじめ患者に手術の危険性などをよく説明し、患者から同意をとっておくことですが、以前、私がある患者さんの『説明と同意』の場に居合わせたときのこと。医師が様々なリスクを説明し、何枚もの書類にサインを求めると、途中で患者さんは「先生、俺、難しいこと、わかんねえからさ。先生を信じて任せるから、頼むよ」と言ったのでした。 この瞬間、私は問題の本質を垣間見た思いがしました。説明と同意は大切だけど、どんなに説明しても医学の素人の患者には理解できない部分が残る。だとすれば、大切なのは、医師が日ごろから患者のために全力で勉強して技術を磨き、「任せるから頼むよ」と言ってもらうにふさ
聡 和泉
7月4日読了時間: 2分


~苦しさを共有する~
最近、印象的だった文章のひとつは、朝日新聞編集委員の稲垣えみ子さんが、9月10日付けの『ザ・コラム』で書いた『寂しさを抱きしめて』という一文でした。 この冒頭で稲垣さんは、朝日新聞を辞めることにしたと告白し、自らの記者としての活動を振り返りました。共感したのは「振り返れば、分からないということ、だから悩むのだということ、苦しいが生きていかねばならないということ」と稲垣さんが人生の本質ともいえることを表現したくだりでした。 さらに彼女は、「何が正しいかなんて分からないということです。皆その中を悩みながら生きている。だから苦しさを共有するコミュニケーションが必要なのだ。なのに分からないのに分かったような図式に当てはめてもっともらしい記事を書いてこなかったか。不完全でいい、肝心なのは心底悩み苦しむことではなかったか」「私はマスコミにいながらコミュニケーションをしてこなかったのかもしれない」と述べています。 分かったような図式に当てはめて、もっともらしい記事を書く。私にも25年の記者生活の中で、同じような場面があり頷きながら何度も読み返しました。.
聡 和泉
7月4日読了時間: 2分


~ふるさと納税と社会規範~
全国各地で、ふるさと納税のお礼に豪華賞品をつけ、たくさんの寄附を集めるところが増えています。足利市もこの豪華賞品合戦に参入して、寄附を集めるべきか否か。私も職員も随分悩み、議論を重ねました。答えは参入すべきでない、でした。 私は、いいまちにしていくには、損得を超えた価値観が大切だとずっと考えてきたし、このコラムでも何度も書いてきました。年に5度ほど行っている市長塾でも、中学生たちには、社会規範(金銭や損得ではなく、愛や使命感、誇りなどを価値判断の基準にすること)の大切さを話し、その例示として次のような話をします。 「混雑した電車で座っていたら、目の前に杖をついたお年寄りが立った。あなたは席を譲った。その気持ちは、そのお年寄りから、何かご褒美や対価をもらおうと思って、したのではないよね。いたわりの気持ち、お年寄りを大切にしたい気持ちからだよね。社会規範で行動するとはこういうことを言うんだ」 豪華賞品合戦を耳にするたび、私は電車での席の譲り合いの場面が頭の中で重なり合います。電車でおじいさんが目の前に立った。すぐ隣に、おばあさんも立った。おばあ
聡 和泉
7月4日読了時間: 2分


~アレクサンダー大王~
塩野七生著『ギリシア人の物語』(新潮社、全3巻)を読みました。12年前の『ローマ人の物語』と同様、塩野さん独特の語り口調で、読者をその時代に一気にタイムトリップさせる力強さがありました。 なかでも印象に残ったのは、第3巻に登場するアレクサンダー大王です。歴史の教科書で名前ぐらいしか知りませんでしたが、20歳の若さで故国マケドニアを出て、32歳で病没するまでの11年間、一度も故郷に帰ることなく、インドの手前までの広大な土地を征服していった若き王。容姿はもちろん、リーダーとしてのあり方は「かっこいいなー」と思わず独りごとを言ってしまうほどでした。 少ない軍勢であれだけの土地の征服に成功した理由として、塩野さんは二つのことを強調しました。ひとつは、いかに仕事を他者に任せるかです。「大事な大事業は、一人ではできない。他の人々の協力なしには、絶対にできない。それには他者を信頼して、明確な目的を与えたうえで任務を一任する必要がある。信頼に値するかどうかを精密に審査していては何一つ始まらないので、ある意味では直感によって大胆に一任するしかないのだ」(326
聡 和泉
7月4日読了時間: 2分


~オウム事件が投げた問い~
7月6日、オウム真理教元代表の麻原彰晃死刑囚ら7人に死刑が執行されました。26日には6人の元幹部にも執行され、13人全員の刑が短期間のうちに執行されました。 23年前、朝日新聞社会部の警視庁捜査一課担当記者として、一連の事件の最初から最後までをつぶさに見てきた者のひとりとして、様々な記憶がよみがえるとともに、事件が投げかけた問いについて、改めて自問することになりました。 執行後、たくさんの論評や解説が新聞や雑誌に溢れる中、7月14日付の朝日新聞で、作家の高橋源一郎さんが書いた文章が印象に残りました。高橋さんは麻原の著作を引用した上で「どの本もぜんぶ同じだった。自信たっぷり。断言、断言、断言。おれは正しい。言うことを聞け」と著作に共通する要素を指摘。ある信者が逮捕後、上申書の中で「『自分の考え』というもの自体が自己の煩悩であり、けがれである、として自分の疑問を封じ込めるようになりました」と、教団に引きずり込まれていく時の心理状況を吐露したことを紹介していました。そして高橋さんは、自分の若いころを振り返り「頼りなく、弱々しいかもしれないが、わたし
聡 和泉
7月4日読了時間: 2分


~人生は、だましだまし~
この10年ほど、結婚式に呼ばれあいさつを頼まれると、その最後に必ずお話することがあります。 「夫婦生活の少しだけ先輩の立場からアドバイスすると、何かにつけ、夫婦間であまり突き詰めた議論をしないこと。なんとなく相手はこう感じているのだろうな、まあ、それでいっか、と良い意味で曖昧にしておくこと。それはこうだからおかしい、とか、こうだから正しいとか、論理的な議論はしないほうが何かとうまくいく。夫婦とはそういうものだと思っています」。自分の経験から、これから長い旅路を共に歩む若いカップルへのはなむけの言葉にしてきました。 6月に作家の田辺聖子さんが亡くなりました。人の心の微妙な動きをすくい取る恋愛小説やユーモアあふれる文章でファンの方も多かったと思いますが、朝日新聞の天声人語(6月11日付)では、田辺さんが夫を見送った翌年に出した随想集『人生は、だましだまし』から次の一説を紹介していました。 「夫婦円満に至る究極の言葉はただ一つ、『そやな』である。夫からでも妻からでもよい。これで世の中は按配よく回る」天声人語の筆者は「言いたいことは多々あれど、あえ
聡 和泉
7月4日読了時間: 2分


~死の自己決定は可能か~
今春の東大入学式で述べた祝辞が話題になった社会学者の上野千鶴子さんが、文芸春秋で終末期や死にまつわる連載を書いています。5月号は『死の自己決定は可能か』でした 。 東京の福生病院であった透析中止事件を紹介しつつ、上野さんが展開した議論の結論は「死ぬことに自己決定があると思うのは、傲慢だ」でした。特に警鐘を鳴らしたのは、リビングウイルなどで、延命治療は望まないと、健康なうちに意思表示しておくことが、あたかも当たり前のようになっている今の社会の風潮でした。 私は最近、親族を末期がんで亡くし、不必要と思われる治療はしない形で最期を看取りました。記者時代、延命治療のもつ陰の部分を集中的に取材した経験もあっただけに、上野さんの議論は新鮮で、衝撃的でした。 中でも印象的だったのは、上野さんが医師だったご自身の父を末期のがんで亡くした経験を記した部分でした。父は「一日も早く死なせてくれ」と言ったかと思えば、回復の見込みがないのに「リバビリ病院に転院したい」と言ったりして、家族を振り回したそうです。 そして上野さんはこう書きました。「死にゆく人は、気持ち
聡 和泉
7月4日読了時間: 2分


~カーナビ任せでいいのか~
台風第19号の後に出たたくさんの評論の中で、最も印象的だったのは、冒険家で作家の角幡唯介さんが「命を守る判断は、人に委ねず自分で」と呼びかける中で、カーナビ任せにしている我々に警鐘を鳴らしたものでした。(2019年11月12日付朝日新聞『耕論』) インターネットや情報通信技術の進歩で、我々はかつてとは比べ物にならないほど便利な社会に生きている一方で、人間本来がもっている知覚や感覚が鈍くなってきており、それがいざ災害という時も、マイナスに作用しかねない。そんなことを角幡さんは私たちに問題として提起してくれました。 そのわかりやすい例としてあげたのが、カーナビです。「人は従来、紙の地図と目に入る周囲の目印を照らし合わせ、外の世界を身体の中に取り込み『地図』を作るという作業を通じて道を覚えてきました。(中略)この過程を一切カーナビに任せてしまえば楽で効率的な半面、個人の知覚は鈍くなり、道を覚えにくくなります」と角幡さん 。 私は、このくだりを読んで、はっとしました。朝日新聞の警視庁担当記者時代、事件を追いかけて、毎日都内を中心に多い時には300
聡 和泉
7月4日読了時間: 2分


~優しく、しなやかなまちに~
最近、『銀河鉄道の夜』など、宮沢賢治のいくつかの作品を読み返し、昨年刊行された人物伝も読みました。『雨ニモマケズ』を全文、繰り返し声に出して暗唱しながら、改めて賢治が目指した生き方に思いを馳せました。 (前略)慾ハナク、決シテ瞋ラズ、イツモシヅカニワラッテヰル(中略)ミンナニデクノボートヨバレ、ホメラレモセズ、クニモサレス、サウイフモノニ、ワタシハナリタイ 賢治が目指したもの、それは、いつも心を静かに保ち、つつましやかに、自分の役割を淡々と果たすこと。そして、『人のために生きる』という強い自己犠牲の精神でした 。 毎年のように日本列島を襲う水害。携帯電話やインターネットを通じて、目まぐるしくニュースやデータが溢れる情報化社会。業績や生産性の向上、経済成長や成果が常に問われる緊張感・・・今の社会に生きる私たちは、いつも忙しく追い立てられ、疲れ苛立っていて、神経や気持ちが、とげとげしくなっているのではないか。私にはそう思えてなりません。 怒って大きな声をあげるよりも、静かに落ち着いて微笑んでいたい。他人の責任を声高に追及するよりも、静かに『
聡 和泉
7月4日読了時間: 2分


~もうひとりの自分~
映画『Wの悲劇』を最近、DVDで見返しました。私が大学生のころ、高田馬場の映画館で封切りを見て以来、20回以上見ました。薬師丸ひろ子さんの初々しい演技は何度見ても印象的ですが、この作品を貫いている主題のひとつが『自分を見つめているもうひとりの自分』です。 ラストシーンで薬師丸さんが世良公則さんに「自分をみつめているもうひとりの自分って厄介だけど、私は付き合っていくわ」と語りかける場面は、21歳だった私の脳裏に強烈に焼き付きました。 自分が独りよがりに陥らないように、少し離れたところから、常に自分を見つめているもうひとりの自分を持っていたい。私はこの映画を見て以来、いつも心の中で、そう言い聞かせながら生きてきました。 ある物事に直面したとき、自分はこう思うけど、きっと世の中にはまったく異なった考え方をする人もいるのだろうな、と思える想像力を失わないでいたい。『もうひとりの自分』が強すぎると、他人の目ばかりを気にすることになり、自分を失うことになりかねないという懸念はある。しかしそれでも私は、独りよがりにならないために、もうひとりの自分をしっか
聡 和泉
7月4日読了時間: 2分


~中動態の世界~
能動態、受動態ときくと、中学校時代、英語の文法の授業で習った、動詞の過去分詞を使った書き換えのことを思い出します。実はもうひとつ『中動態』というのがあった(今もある)ということを、最近、雑誌を読んで知り『中動態の世界〜意志と責任の考古学』(國分功一郎、医学書院)を読みました。 國分さんは哲学者であり、本の中身はかなり難解なのですが、私なりに理解したところを端的に言うと、「人の営みは、何かをした、された、という能動態、受動態で表現される単純なものではなく、何かをしたわけではない、されたわけでもないのに、いつの間にか、ある事態が起きている。そういう側面があり、それは中動態という概念を使って考えると理解しやすい」というものです。 人は人生の過程でさまざまな選択をし、人と出会い、偶然を繰り返したりしながら生きていくわけですが、人の選択や意図、意志を超えた力が見えないところで働いて事態ができあがっていく。例えば、なぜ今の仕事に就いたのか、なぜ今の相手と結婚し家族になったのか。それは『そうしたかったから』ということ以上に、気づいたらそうなっていたと表現し
聡 和泉
7月4日読了時間: 2分


~もうひとつの道~
平成から令和への時代の変わり目に、たくさんの評論や記事が出ましたが、天皇皇后両陛下が平成の時代につくった歌から、象徴天皇や平成という時代を考証するものが私には印象深く残りました。なかでも朝日新聞4月21日付『日曜に想う』で、福島申二編集委員が紹介した美智子さまの歌は、多くの人の心の奥底に届くものでした。 かの時に 我がとらざりし 分去れの 片への道はいづこ行きけむ 戦後50年の平成7年に詠まれたもので、もし皇室に入る道を選ばずもうひとつの道を選んでいたら、自分の人生はどんなふうであっただろうか、という美智子さまの気持ちが表現されたものです。 人生の岐路に立つことは私たちにもあり「あの時、もうひとつの道を選んでいたら、自分の人生はどうだっただろうか」と思い巡らす。そんな「誰にもある心の動きの、さりげない表現から、ご自身が選んだ道の重責が伝わってくる」と福島委員は書きました。 そう、私がこの歌から強く感じたのは、美智子さまがひとつの道を選んだ瞬間、その内面に築いた『覚悟』です。皇后の務めには、人に言えない困難があったはずです。しかしそれを乗り
聡 和泉
7月4日読了時間: 2分


~囲師(いし)には必ず闕(か)く~
『孫子』といえば、兵法書の代表的古典として知られていますが、その中に「囲師には必ず闕く」という言葉があるのを最近、知りました。包囲した敵には、逃げ道を開けておく。逃げ道がある、なんとか生きのびられそうだとなれば、死に物狂いの反撃はしてこないという意味です(『中国古典の人間学』守屋 洋著、プレジデント社)。 守屋さんはこの本の中で、「人と議論するときにも同じことが言える。緻密な論陣を張って、完膚なきまでに相手をやりこめて、気持ちよさそうな顔をしている人をまま見かける。自分は気持ちよいかもしれない。が、(中略)いつか、どこかで強烈なしっぺ返しを食らう」と指摘しています。 この部分を読んで、すぐに思い出したのが、司馬遼太郎が『竜馬がゆく』の中で次のように書いていることでした。「竜馬は、議論の勝ち負けということをさほど意に介していないたちであるようだった。むしろ議論に勝つということは相手から名誉を奪い、恨みを残し、実際面で逆効果になることがしばしばあることを、この現実主義者は知っている」(『竜馬がゆく8』文春文庫)。 議論で相手を負かすことに主眼を
聡 和泉
7月4日読了時間: 2分


~嘘をつく~
最近、出会った文章の中で、思わず「ああ、その通りだよなあ〜」と心の中で最も大きくつぶやいたのは、2月7日の日経新聞に載ったコラム『プロムナード』で、ノンフィクション作家の河合香織さんが書いた『嘘の効用』という一文です。 「子供が生まれた時に、この子が嘘を吐いても絶対に叱らないでおこうと決めていた。それなのに、今日もまた嘘を咎めてしまった」と書き始めた河合さん。子どもに謝る代わりに、谷川俊太郎の『うそ』という詩を読み聞かせたのだそうです。 「ぼくはうそといっしょにいきていく/どうしてもうそがつけなくなるまで/いつもほんとにあこがれながら/ぼくは何度も何度もうそをつくだろう」 そして河合さんは「誰にでも言えないことがある。言いたくないこともある。辛さを覆うために嘘を吐くことだってあるだろう」と書き進め、最後に「嘘を言わざるを得ない思いに考えを巡らせることこそ、誠実さではないかと。嘘の中に本当のことがある。嘘が生きる養分にもなる」と締めくくりました。 嘘をついたことを責めるよりも、嘘をつくしかなかったその状況、その人の気持ちに思いを致らせる。そ
聡 和泉
7月4日読了時間: 2分


~決意と覚悟~
2月10日、市民プラザであった谷村新司さんのコンサートに出かけました。途中、足利少年少女合唱団との共演があり、谷村さんが団員の何人かに「将来の夢は?」と聞いて回りました。「劇団員」「先生」「医者」「弁護士」「獣医」……。答える少女団員たちの初々しい表情をみて、私が改めて強く心の中で思ったのは「この子たちのために、歯を食いしばってでも、このまちをよくしていかなければならない」ということでした。 私は花火大会など大きなイベントにお邪魔すると、必ず振り返って、花火やステージを見上げる市民の皆さんの表情を見ることにしています。そしてその都度「このまちに暮らすこの人たちのために、なんとしてもまちを前進させなければならない」ということを静かに心に誓います。 卒業式のシーズンになりました。今年も幹部職員が手分けをして、私の代理として全小・中学校、保育所の卒業式にお邪魔をします。幹部たちには子どもたちの凛々しい表情をみて「この子たちのために、石にしがみついてでも、まちを前進させなければ」という決意と覚悟をもって欲しいからです。 私が毎日走る渡良瀬川の堤防か
聡 和泉
7月4日読了時間: 2分
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