~捨てる~
- 聡 和泉
- 7月4日
- 読了時間: 2分
平昌オリンピックの男子フィギュアスケートで見事に連覇を果たした羽生結弦選手については、たくさんの報道がありました。私が最も印象に残ったのは、羽生選手がテレビのインタビューで「いろんなものを捨てて、この金メダルのためだけに生きようって思っていた」と話したことでした。「(捨てることで)自分の思いが洗練されて、どんどん小さくなっていって、最終的にきれいなかけらになった」と今回の金メダルを表現しました。
記者時代、上司や先輩に言われたのは、「10の取材をしたら、9を捨てて1を書け」でした。10の取材をすると、もったいなくて、つい10全てを書きたくなるのですが、その衝動をいかに抑えるか。
「一度書いた自分の原稿を徹底的に削れ」「削ることでしか文章は上達しない」ともよく言われました。いったん書いてしまうと愛着が湧き、削るのは難しいのですが、思い切って削れたとき、引き締まったいい原稿になっていました。
式典でも、司会者が余計なことを言わないとき、引き締まったいい式典になります。市民に説明するときも、10の準備をしたら本当に必要な1だけを話す、そのくらいでないと、市民には理解してもらえないと、幹部職員に話をしました。
結局物事を目標に近づける作業、よりよきものに仕上げる作業というのは、決して「付け足す」ことではなく、いかに余分なものを「捨てるか」「削るか」にあるのではないか。
「捨てなければ得られないものがある、とすごく感じた」と羽生選手は言いました。捨てる作業を繰り返し、最後には輝く結晶のような「かけら」にしていく。そんな大切なひとつの真理の側面を、羽生選手は教えてくれたのでした。
(広報 あしかがみ 2018.4)

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