~人間臭いからこそ~
- 聡 和泉
- 7月4日
- 読了時間: 2分
「人を相手にせず、天を相手にせよ。天を相手に己を尽くし、人を咎めず、我が誠の足らざるを尋ぬべし」。『南洲翁遺訓』にある西郷隆盛が残したこの言葉を聞くと、西郷はきっと、人に振り回されず、いつも泰然自若、謙虚さと誠意があふれる生き方をしていた、と想像する人が多いと思います。
しかし、家近良樹著の『西郷隆盛』(ミネルヴァ書房)を読んで、私はかなり印象を変えました。この本から浮かび上がるのは、いつも人に振り回され、それゆえ涙もろく、「情感豊かな人物で、人の好き嫌いも激しく(中略)敵を非常に憎むこともある人物だった。つまり完全無欠な神のような人物ではなかった」。上司の島津久光から厳しい扱いを受け、心身ともに衰弱したことも、こうした性格ゆえのことでした。
ということは、西郷がこの言葉を残したのは、自分自身がまるで逆の性格、つまりいつも人を相手にしてしまい、天を相手にできず、つい人を咎めて、時に誠実さを欠いてしまう、きっとそんな自分への「戒め」と「言い聞かせ」だったのではないか。
そう考えると思い当たる事があります。孔子が残した「人の己を知らざるを患えず、己の能くする無きを患う」です。孔子は「素王(無冠の帝王)」と言われました。徳に基づく政治で理想の国家づくりを目指しながら、十分な評価と役職を与えられなかった。ということは、きっと孔子は人一倍、人の評価を気にする性格だった。だから「人の評価なんて気にすることはないさ、自分がやるべきことをやればいいのだ」と自分に言い聞かせていたに違いない。
凛々しい姿とは程遠い、こうした人間臭い、弱さが垣間見えるリーダーだったからこそ、二人は周囲に愛され人望を集め、指導力を発揮したのではないか。私はそう考えています。
(広報 あしかがみ 2018.5)

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