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いずみ聡 公式サイト

~憂患に生きて安楽に死す~

  • 執筆者の写真: 聡 和泉
    聡 和泉
  • 7月4日
  • 読了時間: 2分

 1月20日の新聞各紙朝刊は、1面トップで『オウム全裁判終結』を伝えました 。23年前、朝日新聞社会部警視庁捜査1課担当記者として、事件の最初から最後までを追いかけた者の一人として、感慨深く読みました。

 当時、毎日、帰宅は午前2時〜3時、家を出るのが午前5時。かん口令が敷かれた捜査当局から漏れてくる断片的な情報をもとに、もうろうとする中、必死に記事を書きました。歴史的な事件群に遭遇し、大海原で巨大な嵐に揉まれ、必死に小舟にしがみついている、そんな感覚でした。「このまま心身ともに限界を超え、大海原に投げ出されて死んでしまう」と考えたのを鮮明に覚えています。

 一方で、いま振り返ると、あの巨大な事件群に遭遇しそれを乗り越えたからこそ、いまの自分がある。当時、「生涯、これ以上辛い時間はないだろう」と思い、あの時が確実に自分を成長させた、と実感しています。

 そんなことを考えていたら、その3日後の朝に読んだ『孟子』で「憂患に生きて安楽に死す」という言葉に出会いました。苦しい試練があってこそ、人は鍛えられて成長する。苦しい時こそが進歩発展、将来に希望が持てる時だ、小康に慣れて安楽をむさぼってはいけない(朝日新聞社『中国古典選9』214〜6ページ)。

 「若い時の苦労は買ってでもしろ」と言います。オウム事件の2年前、社会部に配属になった際「どうせなら最も厳しい最前線の職場でやってみたい」と警視庁担当を志願したのでした。周りからは変わり者といった目で見られたのですが、志願しなかったら、この事件に巡り合うこともなかった。安楽でなく、自分を高めようとする人には、そういうチャンス(試練)を与える、天はそう仕組んでいるのだ、と思ったのでした。

 (広報 あしかがみ 2018.3)

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