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いずみ聡 公式サイト

~最上の政治~

  • 執筆者の写真: 聡 和泉
    聡 和泉
  • 6月28日
  • 読了時間: 2分

更新日:7月4日

 市長としての実績は?と問われ、あれをしましたこれをしました、と言うと、謙虚さが足らないと叱られ、そうか謙虚にならないといけない、と反省して静かにしていると、あなたは一体何をしたのだ、実績はなんだ?と問い詰められる。政治家というのは、本当に難しい仕事だなぁと、市長になって以来、常々思ってきました。

 先日もそんなことを考えていた折り、毎朝読んでいる中国の古典(今は孟子を読んでいて三度目の通読)の中に、こんな言葉を見つけました。「霸者の民は驪虞如(うれしげ)なるも、王者の民は皞皞如(のびのびし)たり。(中略)民は日に善に遷りながら、これをせしむる者を知らず(後略)」(189章)(『孟子・下〜中国古典選9』金谷治、朝日新聞社)。金谷さんの解説は、次の通りです。「覇者の政治は人気取りをするから、民衆はその恩恵を喜んで嬉しげであるが、王者の政治は自然で目だたないから、その民衆はのんびりと満足している。(中略)治者の存在を意識しないのが、最上の政治で、それこそ王者のことだという」(226頁)。

 これはすごい!と私は思わず心の中で叫んでしまいました。人々が政治や行政の存在を忘れてしまうぐらい自然にまちが運営され、公平さが保たれ、人々が満足して幸せに暮らしている。それこそが、最上の政治であって、あれをしたから人口が増えたとか、これをしたからまちが活性化したとか言っているうちは、まだまだだよ、と孟子は言っているのでした。

 あまりにレベルが高すぎる!と思いつつ、人々からの評価を得ることを一番の目標に置くのではなく、日々やるべきことをやっていく、その結果、人の評価は後からついてくるものだと得心する。私ができるのは、そのくらいのことだなぁ、と思ったのでした。

 (広報 あしかがみ 2020.12)

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