~無用の用~
- 聡 和泉
- 6月28日
- 読了時間: 2分
更新日:7月4日
年明け、読みそびれた雑誌を整理していたら、中央公論の昨年11月号に、大隅良典さんが仲間の研究者とした対談が掲載されているを見つけました。大隅さんといえば、ノーベル医学・生理学賞の受賞で有名になりましたが、この対談は受賞直前に行われたものだけに、大隅さんの飾り気のない考え方をうかがい知れて興味深く読みました。印象的だったのは、日本で科学研究に携わる者が、役に立つか立たないかという物差しばかりにとらわれている現状を激しく嘆いていることでした。「私は『役に立つ』という考えが、今の日本をいちばん毒していると思う」、「役に立たない研究をやる人がいるのが社会的にとても大事だということが認識されないと、日本の科学は悲惨なものになる」。のちにノーベル賞を受賞した人の発言だけに説得力がありました。
ここで思い出したのは、中国の思想家、荘子が言った『無用の用』という言葉でした。役に立たないように見えても本当は有用なものが多いのに、それには目が行かないという意味です。
私は記者時代、大切にしていたのは、事件が何もないとき、取材が何もないときこそ、取材先に足しげく通い、さまざまな雑談をすることでした。雑談そのものに、記事にするときのヒントがたくさん隠されていたし、雑談することで信頼関係も深まり、いざというときに情報が得やすくなる。事件が起きてから「教えてください」と行っても、だめなのです。雑談している、という表面だけ見れば、役に立たないように見えるけど、これこそ『無用の用』なのです。
市役所も、国、県、市民、市内の様々な団体と、たくさんの人の力を借りています。私は職員に「お願いごとがあるときだけ行ってもだめだ。お願いごとがないときこそ、足しげく通って信頼関係を築く。そういう努力が大切だ」と話しています。
(広報 あしかがみ 2017.3)

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